目次

筆者の腹腔鏡手術成績

筆者が直腸脱に対する腹腔鏡手術に取り組み始めて15年ほどになります。 その間に、少しずつ改良を加えてきましたし、手技も向上してきたと自負しています。

そのような中で、一貫して重要と考えているのは合併症を起こさないことと、再発させないことです。 多くの施設で様々な術式が行われていますが、筆者の手術においては合併症率および再発率が非常に低いことが特徴です。

決して治療を諦めない、諦めさせないことをモットーとしておりますので、筆者の手術においては高齢、併存症、他院での術後再発など不利な条件の患者さんが多い割には、良好な成績だと自負しています。

なお、本ページの情報は、学会等で公開した情報の一部抜粋です。

基礎統計

統計値はすべて 中央値 (範囲 最小~最大) で表示しています。

お住いの分布

関東一円からの患者さんの手術をさせていただいています。 もっと遠方からの患者さんがいらっしゃることもあります。

年齢で色分けした図です。

住所分布

住所分布

年齢分布

筆者が現在所属している施設で施行した 2014~2025年3月 の腹腔鏡手術 296例の性別と年齢分布を示します。

女性が概ね90%を占めます。 年齢分布は、女性では高齢者に多く、85~89歳の層が最多です。 男性は比較的若年者に多いです。

年齢分布

入院期間

296件の腹腔鏡手術の入院期間は以下の通りです。

手術時間

手術時間の推移を表したものです。

手術時間推移

2023, 2024年度の手術時間の分布です。

手術時間分布

術中出血量

術中出血量は 3mL (中央値) でした。

この中には、併存症のために抗血栓薬の内服を続けたままで手術した患者さんも含まれています。

術中出血量

合併症・後遺症

筆者が現在所属している施設での 2014年~2025年3月 の 296件と、前施設での症例、技術指導で他院で施行した症例を合わせた、腹腔鏡手術の開始以来の全症例 341件を対象とした合併症・後遺症を以下に示します。

手術合併症

手術合併症は、術後の一過性の譫妄 (せんもう) 以外は、腸閉塞が1例ありました。

手術は問題なかったものの、退院前にインフルエンザに面会者から感染し一時重篤化した患者さんがおられました。

90歳超の高齢者で、お元気に退院されたにもかかわらあず、術後1ヶ月以内に他病死された方がいらっしゃいました。

開腹移行なし
他臓器損傷なし
輸血・血液製剤の使用なし
在院死亡なし
創感染2 (軽微なもの)
メッシュ感染なし

手術後遺症

コントロール困難な便秘の悪化なし (神経温存術式)
排尿障害なし
若年男性における性機能障害なし (聴取可能の 5件中)
術後腸閉塞1 (0.3%)
創部ヘルニアなし
メッシュ露出なし

再発

同じく腹腔鏡手術の 296件を対象とした再発の分析を以下に示します。

再発率

直腸脱としての再発率は、初発 (過去の直腸脱の手術を受けていない患者さん) では 1.4%、自院・他院での術後再発の患者さんを含めると 2.7% でした。 経肛門的手術であっても、再発して再手術となった方は、再発率が比較的高くなります。

粘膜脱は、追加で計肛門的手術を行った方が約2%、軽微なものを含めると約5% に生じておりますが、これは病態が異なりますので厳密には再発ではありません。

筆者の手術の再発率は非常に低い数字となっておりますが、以下の点が影響して見かけ上の再発率が低くなっている可能性があります。
  • 再発を把握できていないケースがありうること (受診されなければ把握できません)
  • 観察期間が限られること

再発症例

残念ながら再発してしまった患者さんそれぞれの原因を振り返り、対策を考えて細かく改良してきた結果、現在の筆者の術式があります。

これから腹腔鏡手術を始める先生方、すでにやっておられる先生方の参考にもなると思いますので、どのような患者さんが再発したのか、筆者の考えた原因と対策とともに記載します。 (個人が特定されうる情報は記載できません)

超高齢で、リスクを回避するため仙骨固定を諦めざるを得なかったケースにおいて、再発リスクが極端に高いことがわかります。

その他、他院での術後に再発された患者さん、トイレでいきみ続けることがやめられない患者さん、いきむ力が非常に強い患者さんは再発しやすい傾向があります。

症例 年齢 仙骨
固定
再発の状態と原因 対策
認知症のある滑脱型の肥満女性 80代 手術当日より軽度脱出し、認知症がありトイレでのいきみが続いて次第に悪化した。
剥離が不十分であったことと、吊り上げの初期強度不足が原因であり、手技上の問題。
筆者にとって初の肥満体型であったことが手技に影響した可能性がある。
直腸の左右をしっかりと牽引するように術式を改良した。
精神発達遅滞のある若年男性 20代 型どおりにメッシュを使用し仙骨岬角に固定できていたが、術直後より強いいきみを繰り返し、術後数日で脱出してしまった。 コントロール不能な強いいきみへの対策
・ S状結腸の遠位側まで広く密に背側腹膜に固定
・ メッシュを結腸間膜と腹膜の間まで挟み癒着を促進
・ 数日間は水分のみとし便意を抑制
高齢女性
他院での1年前の経会陰的手術後すぐに再発したが再手術は断られた
80代 筆者による腹腔鏡での再手術後、半年ほどで粘膜脱で再発し、認知症のためトイレでいきみ続ける生活となった。次第に全層の直腸脱まで悪化した。 粘膜脱再発の時点で早めの再手術が望ましい。
他院で2回の腹腔鏡手術 (メッシュ不使用) 後の再々発 90代 以前の手術による仙骨前面の高度な癒着があり、尿管など重要臓器の確認が困難で、リスクを考えて仙骨岬角の露出を断念したため、メッシュの仙骨固定が不可能であった。 再々々手術でも仙骨固定はできなかったが、S状結腸の遠位側までを広く密に背側腹膜に固定する対策にて再発無し。
メッシュによるティルシュがおかれ、20cm程度の腸管が半年以上脱出嵌頓したままの超高齢者。
嵌頓解除できないまま腹腔鏡手術を施行。数ヶ月後、肛門部の潰瘍と疼痛の原因となっていたティルシュを抜去したところ再発。
90代 脱出腸管は一部粘膜が脱落し腸間膜まで炎症が高度で全体に繊維化しており、仙骨骨膜には固定できなかった。
ティルシュ抜去時、高度な癒着で強い力がかかり吊り上げの固定が外れてしまったらしく、早期に再脱出。
もともとティルシュは露出部を一部切除してあったので、その効果が無くなったのが原因ではない。
ティルシュ抜去時に固定が外れる可能性を想像すべきだったが、未曾有の症例のため難しい。
事前にティルシュを除去し炎症の消退を待てば有利だった可能性はある。
なお、再手術時は、炎症はなく仙骨固定が可能であった。