直腸脱治療後の再発率

直腸脱治療の術式には、多くの種類があります。 もともと再発率の非常に高い疾患であり、術式が生活の質に直結するため、成績を改善しようと多くの外科医が工夫をしてきたためです。

直腸脱の術式を考える上で、再発率は重要な要素です。 一つの数値をしてあらわされるので単純に見えますが、実は非常に複雑な背景を持ちます。 ここでは、術後の再発率について、専門的に詳しく解説いたします。

手術施行後に、時期を問わず、再び直腸脱になってしまうことを再発といいます。 このとき、通常は、脱肛になっても全く異なる病態ですので再発とは考えません。 直腸粘膜脱になった場合は、再発とみなす場合とみなさない場合があります。 (直腸脱と直腸粘膜脱および脱肛の違いについては、診断のページを参照してください)。

再発率を数字で示す場合、カプランマイヤー法を用いて3年もしくは5年累積再発率とその信頼区間を示すのが、統計学的には最も厳密です。 しかし、単純に 再発した症例数/手術症例数 としている報告が多いです。

そもそも、再発症例はどのようにカウントするのでしょうか?

一般的には、患者さん自身が、手術の施行医に再発を報告した場合に再発を認識できます。

しかし、一部の患者さんは再発してもそのまま諦めてしまい、施行医に報告しません。 諦めない場合でも、再発したときに別の医師に相談するがしばしばあります。 そのような場合には、施行医は再発を認識することができません。

筆者の経験によると、「再発したけど、もうあの先生のところにはかかりたくない」とか、「再発を訴えたけれども。診察時は脱出していなかったので相手にされなかった」などとおっしゃる患者さんがいました。 さらには、「術後入院中にすでに再発していたのに、それを認めてもらえず、そのまま退院にされた」という患者さんや、「遠方なので電話で相談したところ、再発するはずないと言われて受診を断られた」という患者さんまでいらっしゃいました。

要するに、「私の手術は再発率が低いです」と豪語する医師がいたとしても、それは「再発しても私のところに来てくれないので気づいていません」「再発を確認できなかったのでカウントしません」ということかもしれないのです。

すなわち、施設や施行医が発表している再発率というものは、必ずしもすべての再発症例を反映しておらず、実際よりも小さな数値になってしまうのです。

術後一定期間後に電話や手紙で再発の有無を問い合わせしてフォローアップした場合には、比較的信頼できる数値が得られると思いますが、さまざまな報告を見る限りほとんどそのようにはされていないようです。

筆者も例外ではありません。

もちろん、患者さんには何かあった場合に必ず受診するようにお願いしていますし、もし何らかの形で連絡があった場合には必ず真摯に対応し、それが再発かどうか見極め、必ずそれを治しています。 また、「あの先生にはもうかかりたくない」とは思われていないと信じたいです。

しかし、それでも再発をすべて把握できてない可能性はあり、再発率は真の数値よりは低く計算されてしまっていると思います。

また、筆者は超高齢の患者さんを多く治療していますが、そもそも術後の余命が長くなければ、再発する患者さんは当然少なくなります。

直腸脱の手術に関する多数の論文において、それぞれの再発率が公表されています。 この時、注意しなくてはいけないのは、再発率が高いと公表を控えので、公表されている再発率は低いものが選択される傾向があるということです。

さて、亀田総合病院の角田先生がまとめられ、2019年に発表されたレビュー論文を紹介します。 極めて多数の論文を検討し、それぞれの再発率その他の指標をまとめておられる素晴らしい論文です。

Tsunoda A. Surgical Treatment of Rectal Prolapse in the Laparoscopic Era; A Review of the Literature

ここでレビューされている論文のデータを一部抜粋します。 詳細は元論文をあたってください。

腹腔鏡手術 経会陰手術
メッシュなし メッシュあり デロルメ アルテマイヤー
縫合固定 腸管切除+固定 後方メッシュ固定 腹側メッシュ固定
再発率 0~12% 0~11% 0~11% 0~8% 8~53% 0~35%

この結果からは、腹腔鏡手術では、経会陰手術よりも再発率が低いことが明らかです。

症例数が少ないと、わずか1例の再発で再発率が大きく変わりますので、統計学的には信頼性の低い数値となります。 そこで、レビュー対象の論文のうち、もっとも症例数の多かった論文について表にしてみました。

腹腔鏡手術 経会陰手術
メッシュなし メッシュあり デロルメ アルテマイヤー
縫合固定 腸管切除+固定 後方メッシュ固定 腹側メッシュ固定
症例数 72例 154例 81例 190例 113例 518例
観察期間 48か月 56か月 24か月 90か月 36か月 16か月
再発 6例 (8%) 10例 (10%) 9例 (11%) 6例 (3%) 38例 (34%) 118例 (23%)

この数値からは、経会陰手術で再発率が高い傾向は変わりませんが、腹腔鏡手術における再発率は前の表よりもやや高めの印象を受けます。

ここで気づくのは、症例数が多い論文ほど、公表されている再発率が高い傾向があるということです。 通常、手術というものは、数をこなすほど医師の技術が向上し、再発率その他の合併症が減少するのが一般的ですので、逆の傾向です。

あくまで推測にすぎませんが、症例数をあまりこなしてない施設ほど、再発した場合にそれを把握できてない割合が高いことが示唆されます。 すなわち、たとえ論文として公表されていても、信用できる再発率を見極めるのは困難だということがわかります。

筆者の個人的な見解としては、腸管切除までやっても10%も再発するのであれば、侵襲に見合う意義は少ないように感じます。

一般的に、最も信頼のおける医学データは、前向きの無作為比較試験のデータです。

対象となる患者を明確に定義し、把握すべき合併症をきちんと定義し、合併症を把握するために一定のルールを設けてフォローアップを行なう、そのような論文で出された数値は信用のおけるものです。 また、さまざまな治療法がある中で、治療法ごとの成績を比較する場合、別々の論文に出てきた数字をただ比較しても意味がありません。 正しく計画された無作為比較試験において比較されて初めて、術式の優劣を検討することができます。

前述のレビュー論文において、紹介されている無作為比較試験わずか3つしかありませんが、これらを紐解いてみます。

腹腔鏡手術におけるメッシュ使用の有無で比較した二重盲検無作為化単一施設研究

Hidaka J, et al. Functional outcome after laparoscopic posterior sututed rectopexy versus ventral mesh rectopexy for rectal prolapse: six-year follow-up of a double-blind, randomized single-center study

直腸脱に対する腹腔鏡下後方縫合直腸固定術(LPSR; メッシュなし)と腹側メッシュ直腸固定術(LVMR; メッシュあり)の二重盲検無作為化単一施設研究の 6年間の追跡調査の結果で、2019年にデンマークから発表された論文です。

要するに、腹腔鏡手術におけるメッシュ使用の有無で比較したわけです。 筆者は、この研究結果はきわめて信頼性が高く有用であると考えます。その理由は、

  • 単一施設研究であるため、手術手技および再発の判定にばらつきがない。
  • 6年間という長期間にわたりフォローされており、94%の患者のデータを得ている。
  • 腹腔鏡手術同士の比較である。

この結果、再発率は メッシュなし で 23%、メッシュあり で 8%でした。 再発以外の症状についていくつかの指標を用いて調査されていますが、便秘症状スコア、生活の質スコア、排便閉塞スコア、クリーブランドクリニックの便秘スコアは、メッシュなしメッシュあり に統計学的に有意に勝っていました。 メッシュありメッシュなし に有意に勝っていた指標はありませんでした。 要するに、メッシュを使うことで再発は減らせるが、術後の症状には不利に働くことが示されたのです。

筆者としては、メッシュなし の 23%という高い再発率は受け入れがたい数値です。 しかし、メッシュあり でのメッシュの長期的な副作用はできるだけ回避すべきと考えます。 おそらくメッシュが直腸前壁を圧迫してしまうことが悪影響していると思いますので、圧迫しないようにメッシュを配置するのがよいと考えています。

直腸脱に対する外科的治療の無作為化比較試験

Senapati A, et al. PROSPER: a randomised comparison of surgical treatments for rectal prolapse

2013年にイギリスから発表された他施設合同研究の論文です。

これは、直腸脱に対する外科的治療の無作為化比較であり、まず経腹手術と会陰手術に分け、さらに経腹手術は縫合術と直腸切除術、会陰手術はアルテマイヤー手術とデロルメ手術に分けて比較しています。 経腹手術には、現在主流の腹腔鏡手術だけでなく、開腹手術も含まれます。 また、経腹手術でメッシュは使用されていないことに注意が必要です。

この論文示された再発率は驚くほど高いものでした。 カプランマイヤー法による5年累積再発率は、経腹手術では、縫合術で 46%、直腸切除術で 18%でした。 会陰手術では、アルテマイヤー手術で 41%、とデロルメ手術で 46%でした。

この研究に参加した病院は、Queen Alexandra Hospital, Cardiff University School of Medicine, Nottingham University Hospitals, University of Birmingham, St Mark’s Hospital for Intestinal and Colorectal Disorders で、直腸肛門領域で世界的に権威のある病院が名を連ねていますので、手術手技が稚拙であるために再発したとは考えにくいです。 また、術後のフォローと再発の判定も厳格に行われており、数値は正確であると考えられます。

腹腔鏡下腹側メッシュ直腸固定術とデロルメ手術: 前向き無作為化試験

Emile S H, et al. Laparoscopic ventral mesh rectopexy vs Delorme's operation in management of complete rectal prolapse: a prospective randomized study (Open access ではないので抄録のみ)

2017年にエジプトから発表された論文で、腹腔鏡下腹側メッシュ直腸固定術 25症例とデロルメ手術 25症例を比較したものです。

前向き無作為化試験ですので一応紹介しましたが、症例数が少ないために、信頼区間の幅が広い (信頼性が低い) データとなっており、臨床的な意義は低いと思います。 また、日本と比較して極端に若年者に偏っています。

腹腔鏡下腹側メッシュ直腸固定術 デロルメ手術
症例数 25例 (男 8例 女 17例) 25例 (男 11例 女 14例)
平均年齢 37.4 ± 6.7 42 ± 7.2
再発 2例 (8%) 4例 (16%)

日本では最も症例数が多いといわれている東京山手メディカルセンターから、2023年に腹腔鏡下縫合直腸固定術の再発率に関する論文が発表されました。

Takahashi R, et al. Evaluation of the Safety and Efficacy of Modified Laparoscopic Suture Rectopexy for Rectal Prolapse

対象は268症例 (男性 29、女性 239) で、追跡期間の中央値は 45か月 (12 ~ 82か月) です。 その結果、22症例 (8.2%) が再発し、カプランマイヤー法による 5年累積再発率は 16%でした。 再発までの平均期間は 15.6か月 (1 ~ 44か月) でした。

再発の定義として、完全直腸脱での再発だけでなく、有症状の粘膜脱も再発に含むとされていますが、内訳は明示されていません。しかし、再手術を受けた21症例に対する術式は、通常完全直腸脱に対するものでしたので、ほとんどは完全直腸脱での再発だったと推察されます。

残念ながら、この論文においても、再発症例をどのようにカウントしたかが明記されていません。 一定期間後に電話その他の方法でフォローアップ調査を行ったなどの記載はありませんので、おそらく再発して外来受診された患者さんをカウントしただけと推察されます。

なお、この論文では、多変量解析により

  • 若年者では再発しやすい (52歳未満は 21.1%)
  • 脱出長が長いと再発しやすい (7cm以上は 16.5%)

ということが示されており、治療方針を考えるうえで極めて重要なデータが示されています。

筆者の手術における再発率は、筆者の腹腔鏡手術成績 のページをご覧ください。


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