精神疾患と直腸脱

精神疾患をする患者さんは、抗精神病薬や鎮静薬を服用することが多く、これらの薬剤の多くには、便秘や腸の運動性低下といった副作用があります。 便秘があると、排便の際に長時間強くいきむことが多くなります。

また、精神発達遅滞があると排便時に過度にいきみがちで、極端な腹圧の上昇が生じます。 その他、強迫性障害で便をすべて出し切ろうとするあまり長時間強くいきむこともあります。

長い期間続いた便秘で、大腸は太く長く変化し、重積しやすい状態になります。

いったん重積が始まると、実際には便は残っていないにも関わらず、重積した腸が「残便感」の原因となり、それを出し切ろうと更に腹圧をかけてしまい、重責が悪化するという悪循環となります。

このような理由で、精神疾患の患者さんには直腸脱が生じやすいと考えられています。

骨盤底筋群の脆弱化と過度な腹圧が直腸脱の原因となりうると考えられていますが、腹圧が高いと直腸脱を発症するメカニズムを下に示します。

腹圧が高いと直腸脱を発症するメカニズム

Update on the pathophysiology of rectal prolapse より引用

腹圧によって上部直腸が反転して下部直腸に重積し、さらに下がって肛門管を押し広げて完全直腸脱に至ると考えられています。

直腸全体が滑脱して脱出するメカニズムもありますが、割合としては重積型が多いとされます。

いきみが原因で生じた直腸脱に対して手術を施行した場合、術式を問わず、再発が問題となります。 術後は、できるだけ便秘を回避し、排便時にいきまないようにする必要があります。 そのため、もともと便秘が高度であれば、結腸切除を同時に施行することが有効であると考えられています。

「残便感」に対してトイレに篭っていきみ続けるような患者さんの場合には、デロルメ手術はあまり適切でない可能性があります。 なぜなら、肛門の近くに、直腸壁が折りたたまれる形となりますので、術後の残便感の原因となり、いきみを誘発する可能性があるからです。

また、もしも過度な腹圧をかけないように患者さん自身がコントロール出来ない場合には、ティルシュ手術も適切でないと考えられます。 ティルシュ手術では術後に排便困難となり排便のたびに強くいきむことが必要となる患者さんは多いです。 強いいきみにより、肛門を締めた紐が切れてしまうトラブルも報告されておりますし、切れない状態のまま高い腹圧で再発してしまった場合、脱出した腸管が嵌頓の状態となり、壊死に陥る可能性があり危険です。

腹腔鏡下直腸固定術の場合は、過度な腹圧により、直腸を吊り上げて固定した部分が外れてしまい再発に繋がる可能性があります。 メッシュを使用していても、メッシュの癒着が完成して十分な強度が得られるには2週間程度必要としますので、その間は過度な力ががかからないようにしなくてはなりません。

筆者は、特に精神発達遅滞などがあって強くいきむことがやめられないと予想される場合には、できるだけ直腸S状部を直線化した状態で腸骨動脈分岐部を超えて口側まで背側腹膜に広く固定しています。 こうすることで、メッシュの癒着が完成するまでの初期強度を得られることを期待しています。 さらに、腹圧が、直腸S状部を肛門側に押し出す方向ではなく、背側に押し付ける方向に働くことが期待できると考えています。 すなわち、腹圧を分散させて再発を防ぐという発想です。

直腸脱の適切な治療に加えて、精神疾患に対する手術前後の適切なサポートが必要となりますので、手術を受ける場合の医療機関の選定は慎重に行う必要があります。

筆者の場合は、精神科専門基幹病院であるとともに外科も備えた総合病院と提携していて、そこに入院をお願いし、手術には筆者自身が参加させてもらうことで、最適な治療を提供しています。


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