筆者が経験した印象深い症例

ここでは、筆者自身が経験した印象深い症例を紹介させていただきます。
ただし、個人が特定されないよう脚色してありますのであらかじめご了承ください。
もちろん個人情報を掲載することはありません。

ご相談いただいたのは、認知症のお母様が直腸脱で、便失禁もひどく、不快感からいつも肛門と漏れた便を触ってしまうということでした。 壁伝いに歩くため、家中の壁が茶色く汚れてしまい、毎日壁を拭いても追いつかなかったそうです。 「早く死んでくれたらいいのに」と思ってしまうと吐露されました。

この患者さんもそうでしたが、なかなか認知症の患者さんは手術入院中の管理も大変ですから、適切な治療をしてもらえず断られる場合が多いです。 また、本人が治療を希望できない・希望してもすぐ忘れてしまうことも多く、倫理的な問題をはらみます。

腹腔鏡の手術後は、すっかり良くなりましたので、お尻を触ることもなく、いつもご機嫌ですっかりかわいらしいお婆ちゃんになり、家庭に平和が訪れたとのことです。

実の親の死を願う状況は、ものすごく不幸なことだと思います。 これを解決するお手伝いができたことは、外科冥利に尽きます。

とある高齢者施設から、身寄りの無い認知症の高齢患者さんの相談を受けました。 そこでは、以前に他の入所者の治療をさせていただいてその後大変調子が良く、ぜひ同じように治して欲しいとお願いされました。

腸が飛び出しているときは痛がって治して欲しいとおっしゃるそうで、施設職員はとても放置できないと感じられるとのことでした。 しかし、筆者の診察時には脱出しておらず、治療も希望されません。 病気の認識もありません。 診断は施設職員が撮った写真で確実でしたので、筆者の施設で倫理的な問題についてカンファランスで検討し、手術を施行すべきと判断して治療に進みました。

術後は2日で退院し、施設で何事もなかったかのように平穏に過ごされていたそうです。

これからはこのようなお独りの患者さんが増えると思いますが、そのせいで取り残されることがないようにしてゆかなくてはなりません。

メッシュを使わない腹腔鏡手術で再発し、再度同じ手術を受け、それでも再発し、筆者に再々手術を依頼された経験があります。

筆者は、メッシュを使う腹腔鏡手術で再々手術をトライしたのですが、術後の癒着や変形により危険であったため、仙骨へのメッシュの縫着を断念せざるを得ませんでした。 そのためか、残念ながら半年でまたもや再発してしまいました。 よほど再発しやすい体質なのだろうと思います。

ご本人と相談して、再々々手術を行い、メッシュを広く背側腹膜に貼り付ける工夫をしたところ、その後は再発がありません。 なんとか面目を保てたというところです。

4回も腹腔鏡手術を受けた患者さんは世界でも稀なのではないでしょうか? 90歳を超す超高齢者ですが、お元気に暮らしていらっしゃいます。

もともとガント-三輪-ティルシュ手術は再発が多いのですが、再発したためティルシュをやり直された患者さんがいました。 その主治医は再々発することがよほど嫌だったのでしょう、なんと、硬いメッシュ (おそらくプロリンメッシュ) を細長く切って、それを用いてティルシュ手術を施行してしまったのです。

プロリンメッシュは全く伸縮性がなく、極めて強固に癒着する材料ですから、それをリング状に留置された肛門は拡がらないだけでなく、締めることも全く不可能になってしまいます。 ようするに、肛門が少し開いたままの状態で固まってしまうわけです。 はっきり申し上げて、患者さんのQOLを全く無視した、非常識な手技と言わざるを得ません。

筆者が診察したときには、再手術のティルシュも径が広すぎたため、またもや直腸が20cmも脱出して再々発していました。 そして、嵌頓した直腸はその強固なリングに絞められて一部壊死しており、還納は不可能でした。 リングと直腸に挟まれた肛門の皮膚は壊死し潰瘍化しており、高度な炎症を起こして強い苦痛を伴っていました。 ほとんど拷問のような状況です。

にもかかわらず、「どうしようもないので我慢するしかない」と言われていました。 このままでは致命的な結果になっていたと思います。

この状態から治癒に至るまでは、かなり苦労しましたが、その後はお元気に暮らしておられます。

「直腸脱のせいで、一日の半分くらいトイレに篭って大声を出し続けるんです」
ご家族によると、直腸脱による不快感に対してトイレですべてを押し出そうとしているらしく、なんとか説得してトイレから出しても、認知症があるためすぐに忘れてトイレに戻ることの繰り返しだったそうです。

「いくつか病院を回りましたが手術は断られました。でも、かわいそうだし家族も疲れ果てています。たとえリスクが高くても不快感がなくなる手術をお願いします」
超高齢者でしたが実際には全身状態は比較的良好で、問題なく全身麻酔で腹腔鏡下直腸吊り上げ固定手術を施行しました。 術後はすっかり良くなったそうです。


筆者の手術を受けていただくには